音楽初心者の戯論

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徒然なるままに日々移りゆく音楽シーンを覗き見するだけのブログです。

『君が代』の歌詞を解読(意訳)してみた

どうもこんにちは。

以前にも書きましたが僕は歌詞をあまり意識せずに生きてきてしまいましたので、そんな自分を変えるべく自己更生プログラム第一段としてまずは『君が代』の歌詞を紐解いていこうと思います。
何故よりにもよって君が代なんだ...と思われるでしょうがいいのです!

歌詞も短いし馴染み深いし、ビギナーにとっては取っ付きやすそうだなと思ったので、ただそれだけの理由です。

それこそ皆さんあまり君が代の歌詞について考えたことって多くないのではないですか?
小学校の校歌とか、あとは卒業式の『仰げば尊し』とか、半強制的かつ機械的に憶えさせられたのでその意味とかを噛み締める暇がなかったと思うんですよ。
いや、分かんないですけど。

ま、そんな感じで『君が代』も文字の羅列を暗記させられて、あとは「さざれぇーーーいーしーのぉぉおおーー(過呼吸)」と息を切らずに発しなさい!なんて言われたことを頑張って守っているだけではないですかね?
というか僕がそうなので、このたび国歌のありがたみなんかも分かればいいなぁと思いまして記事にしました。

どうせロクでもない記事になりますので暇つぶし程度に見てください(笑)

本当は君が代の歴史とかも載せたほうがいいのでしょうが、そこは多分ネットにいくらでも転がっていると思いますので興味がおありでしたら検索してみることをオススメします。

それでは早速。

 

まずは歌詞をすべて載せてみましょう。
はいドンッ!!

君が代
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
こけのむすまで

短い!けど難解すぎる!
どうしましょうか。これはなかなか梃子摺りそうな予感が!

 

まぁとりあえず一行目から見ていきましょう。

君が代」のまず「君」ですが、普通に考えれば「あなた」となりますよね。
まぁでも懐かしい古典の授業を思い出せば、おそらく「君」とは「君主」とか、あるいは「天皇」のことではないのかなとも考えられる。

結論から申しますと、個人的にこの場合は「天皇」という解釈でいいと思います。

 

実はこの『君が代』ですが、古今和歌集にこの元となる「わが君は~」から始まる和歌が収められており、その時代の意味で考えれば「あなた(祝福を受ける人)の寿命」という意味になります。
しかし時代が過ぎ、そして明治時代になったころ「天皇の治世」という意味で解釈されるのが一般的になります。

ただこれが色々と物議を醸したようで、そもそもの原因はやっぱり「君」という言葉の意味が多様性に富んでしまっているところにあるのですが、古今和歌集に収録される歌って、かなり一般的な詩歌だと思うんですよ。

和歌というと僕のイメージでは慕情やら追憶やらを詠んだ感情の歌と、あとは季節ごとの美しさを詠んだ歌という感じで、もちろんそれ以外もあるのですが基本的に個人の半径1km以内を詠んだものが多い気がします。
例えば、いくら遠い月のことを詠んでいても結局還るところはそれを眺める自分やら照らされる草木やら、ほかにはどこかでそれを見ているかもしれない想い人だったりとか、そういったすごく普遍的なものが多いような気がするんですよ。
なのでそうした歌集にいきなり「天皇マジはんぱねぇ!」みたいな歌が収まるとはどうにも思い難い。
あくまで僕の思い込みなんですけどね。

とは言ってもこの歌は「作者不明」となっているので実際のところは分からないです。
作った人が自分の主君を称えるために作った歌かもしれないし、恋人に向けて送った歌かもしれませんし、ものすごく身近な身内の人間かもしれない。もちろん天皇のことかもしれません。

 

しかし作者不明っていうとまた想像力が掻き立てられますよね。
もしかするとこうかもしれない、ああかもしれない、何なら大勢で集まっていたときにその流れでできた歌かもしれないと好きなように想像することができます。

でも少なくとも作者不明のものが収められるということは、その歌が巷で多く知られていた、つまり知名度が高かったということが考えられます。
要するにこの歌自体が非常に普遍的だったということですね。

 

よって僕はこう考えました。

結局今となっては推測しかできないのですが、この歌が作られた当時においての「君」は「あなた」もしくはごく身近な特定の誰かを指していた。
しかし時が経ち国歌として「君が代」が歌われるようになった現在の意味としては「天皇の治世」という認識でいいのではないでしょうか。

 

ちなみに「我命」という言葉を「我(=私)命」と訳せるように、「の」は現代でいう「が」です。

そして「千代に八千代に」ですが、これはまぁいいでしょう。
千葉県にも同じ地名がありますが・・・多分関係ないんじゃないかと・・・関係あったらすいません(笑)

「八千代」はまぁ8000年ですよね。
でもまぁ丁度8000年ということではないでしょうから、「ものすごく長い間」と捉えることができます。

さざれ石・・・は最近結構テレビでも取り上げられることが多くてご存知の方も多いと思いますが岐阜県揖斐川町春日にこの由来となったとされているさざれ石があります。
ちなみに天然記念物です。

「さざれ」は細かなとか小さいという意味で、漢字では「細石」と書きます。
「さざ波」と一緒ですね。

そして「巌(=いわお)」は何となく想像ができると思いますが「岩」です。
つまり小さな石が堆積して大きな岩になるという意味。

「こけのむすまで」もそのさざれ石の上に苔が生えるまでという意味ですから、「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」は「細かな石が岩になって、その上に苔が生えるまで」ということ。
要は、これもまた長い期間であるということの婉曲比喩表現といったところですかね。

ちなみに「苔のむす」は蒸しパンケーキの「蒸す」ではありませんよ!
漢字では「生す」と書いて「むす」と読みます。発生するとか生まれるとか、まぁ読んで字のごとくですね。

 

さぁ、全ての解読が終わりました!
そしてようやくまとめに入れます。
ふぅ、長かった。

それではいきますよ。
僕の意訳によると、『君が代』の歌詞の意味はこうなりました。 

天皇の治世は、とてつもなく長く、もうとんでもなく長くまで

・・・ほう、なるほど。なるほどねぇ。

ちょっとあの...この感想については控えさせていただきますが(笑)、一応こういう結果となりました。

まぁ勿論「君」の捉え方によっては歌の意味が全く変わってきてしまいますが。

 

でもうん、そうですね。人それぞれ感想はあると思いますが、この国歌に感謝して日々を送ってゆきましょう!!

そしてもうちょっと詳しく知りたい方はこちらもどうぞ!

ふしぎな君が代 (幻冬舎新書)

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「君が代」 日本文化史から読み解く (平凡社新書)

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※)追記:2017/09/19

散々偉そうなことを書いていますが、実は君が代の歌詞には2番以降も存在します。

そしてその歌詞を読み解いていくと、「君」という言葉はもっと広い範囲の事を指していたのではないかと思うようになりました。
(歌詞については上記URLのクリックをお願いします)

というのもこの歌というのは何かおめでたいことがあったときによく歌われていた歌なんですよ。
天皇とか身分とかそういう次元の話ではなく、もっと普遍的な祝福の意が込められているのだと思います。

前提としておめでたい席というのは比較的平和な世の中のときにありますよね。
つまり本当は「(今のような)平和な世の中がずっと続いてほしい」という意味だったのではないでしょうか。

たしかに「君」は「あなた」とも「天皇」とも取れますが、しかしもし上のように「平和な世の中」のことを歌ったものであれば、なんとも素晴らしい国歌なんだと思いませんか?

天皇」や「国歌」ではなく、世界、ひいては宇宙の平和を望む歌ですよ。めちゃくちゃスケールがデカいうえにかっこいい。
これまで地味とか暗いとか言われてきた「君が代」ですが、この通りならば誰もが間違いなく襟を正します。

そしてなんとなく国歌が嫌いという人も減ると思います。
とはいえ「この解釈が絶対正しい!」と豪語できるほどの根拠はないのですが、それでもそういう意味であったらいいなと個人的には思いますね。

 

それではまた次回!